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Story
わたしの咎
※ 進撃の巨人夢企画「
ドラマチック・エラー
」様に提出させて頂いた作品です。
窓から差し込んだ光に、鬱陶しげに目を細める。爽やか過ぎる鳥の囀りさえも煩わしくて、折角の休暇なのに寝ていることもかなわずベッドの中で身動ぎを繰り返す。もう一生、布団の中から出たくない。むしろ、このまま息をするのを止めてしまっても、きっと誰も気づかないのではないだろうか。私が死んでも、誰も気にも留めないのではないか。そういう思いが拭えず、やはり起き上がるのが億劫でもう一度眼を閉じる。
「……いつまで寝てるの」
ずしり。突如圧し掛かった重みが、私のまどろみかけた意識を強く現実へと引き戻した。そっと目を開ければ、太陽が反射して艶めきを増した黒髪が視界に飛び込んできた。
「重い、ミカサ。……どいてよ」
休みだからって寝すぎ。ミカサが呆れてそう口にする。ベッド脇に腰を下ろした彼女は、文句を言われても全く気にした素振りを見せない。
「……なんで、まだいるのよ」
今日はエレンと休日訓練なんじゃなかったの。アルミンも一緒で、二人と約束しているんでしょう? 早く行けばいいのに。
布団の上から圧し掛かるミカサに、視線だけでそう言ってやれば、全く変わらない彼女は無表情のまま、何でもないことのように言った。
「エレンとアルミンが、ステラの元気がないって……心配していた」
「……っ」
世界は、残酷だ。
どうして私は女として生まれてしまったのか。いや、それとは無関係だ。私は自身が男になりたいなどとは微塵も思わないし、ミカサが男だったとしたら惹かれなかっただろう。
残酷なのは、私が"そう"生まれてしまった不幸。"同性愛者は異色である"とされる、世界の倫理。どんなに焦がれても、決して届かない、無意味な慕情。
「別に、なんでもないから……放っておいて」
嘘、本当は嬉しい。けれども、ミカサの眼にはただ一人しか映っていないのを知っているから。
握り締めたシーツに皺が寄って、呼吸が苦しくなるくらい枕に顔をうずめた。ミカサは静かに「そう」とだけ呟いて、ベッドから立ち上がる。
「私は、エレンがいれば、それでいい……」
「……っ」
「そう思っていたけれど、同室になって、ステラが友達になってくれて……うれしいと、思った」
ミカサがそう言って、部屋を出て行こうとする。だけど、待って。
ミカサは、本当にそんな風に思っていた? 私を、友達って、思ってくれていた?
今し方彼女が呟いた言葉に驚いて上体を起こした私は、ミカサの背中に向かって叫んでいた。
「私は、友達なんて思ってない!」
「……?」
「私は、一度もそんな風に思ったことないよ」
もっと、もっと別の感情が、この胸の最深部にあるのに。それを表に出すことが怖くて、軽蔑されたくなくて、ずっと一人で苦しんでいた。ミカサの、エレンに対する病的なまでの固執も異端とされるけれど、私の抱える異常とは根本的に違う。何故ならミカサは女で、エレンは男で、私は――女だから。
「でも、そんなの。わかってなんて、思わない……エレンより近くなりたいとも思わないよ」
見ているだけでいい。この想いを口にすることがかなわないなら、ただ見ているだけで良かったの。それなのに、どうしてわざわざ抉じ開けようとするのだろう。わかっている。それがミカサ本人の意志ではないということも。
「知ってて、どうしてそんなこと言うの……ッ」
「……」
勘の鋭いミカサが気づかないはずがない。この気持ちにも、とっくに気づいているはずなのに、彼女は気づかないフリを続けた。それは何よりも残酷で、ひどく心地良い関係だった。
この関係が終わってしまったら、私たちはきっと、それぞれ何事も無かったかのように当たり前に、死ぬまで兵士として生きていくだろう。滑稽で、狡猾で、傲慢に。
「……エレンが、心配しているから……」
それだけ言い残して、ミカサは逃げるように部屋を後にした。ずるり、脱力し再びベッドへ沈む身体。
誰よりも自由を望むエレンにとっては、ミカサの固執は重いものでしかないのだろう。彼の視線が、ミカサと一緒にいることが多くなった私に注がれるようになったのも、遠い過去の話じゃない。エレンに見て欲しい気持ちと、私を友と認めたことで悩んでいるミカサは、彼女も複雑な気持ちに違いない。
ただ、エレンの傍にいるだけでいいとミカサが望んでいるように、私も、ミカサの傍にいるだけで良かった。例え彼女が私の気持ちに気づいていたとしても、私が口にしなければ、この関係が変わることはないと思っていたし、現にその通りだった。
「……ミカサ、」
強くて凛々しい彼女に憧れると同時に、気づいたときには引き返せないところまで来ていた気がする。どうしようもなく焦がれて、情欲に溺れて、どうしていいのかさえも解らずに。
もう、このまま変わらずにはいられない。今までどおりになんていかないだろう。
「はー……」
起き上がることの無いベッドの上。うつ伏せからごろりと仰向けに寝転んでみたら、まだ高い太陽が煌々と窓から覗き込んでいた。チカチカと煩わしいくらいに瞼に焼きつく光に、起きたときと同じように、眼を瞬いた。
頬を伝う雫を太陽が眩しすぎたせいにして、静かに瞳を閉じる。切なくて優しいこの気持ちを、どうにかしなければと思いながらも私は、それが不可能であることを悟っていた。
それでも私はこの気持ちを、死ぬまで抱えていくだろう。
End.
Story