Story

    それはうそつきの顔です




    ※ 「金星」様より題名お借りしました。


     ひとつ、ふたつ、みっつ。
     配給された食物を手に、心の中で数を呟きながら路地を歩く。何度数えてもそれは三つという数字よりも増えることなく、また減ることも無い。確かに三つ、そこにはあるのだ。小さく細く、溜息に近いような安堵の溜息を吐いて、少女は同郷である"彼ら"の元へと急いだ。

    「ごめんね、お待たせー! はい、ライナー。こっちはベルトルトに」
    「ああ、すまんな」
    「それより、こっちこそごめん。大丈夫? ちゃんと貰えた?」
    「ベルトルトは心配性ね」

     大丈夫よ、と少女は二人の少年へと配給されたパンを渡した。手元に残ったのは少女の分のひとつである。

    「あとは、アニの分。って、アニは?」

     辺りを見回すが、その場には三人だけ。もう一人の同郷――アニ・レオンハートの姿は見えなかった。当たり前のようにアニの姿を探す少女に、ベルトルトとライナーは顔を見合わせた。

    「アニのって……それじゃぁ、君のは?」
    「え? ……あー」

     少女の手元には一つのパンしか残っていない。それをアニの分だと言うなら、彼女自身の食料はどこにあるというのだろう。ベルトルトの疑問に、は困ったように笑った。その様子を見て、二人の少年には何となく察しがついていた。

    「これしかもらえなかったの。でも私は大丈夫! 一番背が低いし、お腹も空いてないからっ!」
    「……成長の遅いお前だからこそ、一番食わなきゃならんだろう。いいから俺のを食え」
    「い、いいよ! ライナーもベルトルトも大きいんだから、お腹空くでしょう?」

     ライナーとのやり取りにどうしたもんかとベルトルトが頭を悩ませていると、小さな足音が途中で止んだ。彼らの傍までやってきた少女が口を開く。

    「なにやってんの」
    「あ、アニ!」

     姿を消していたアニが戻ってきたのを見て、が明るく笑った。これ、アニの分。と、持っていたパンを差し出す。だが、アニは依然として受け取ろうとしなかった。

    「? どうしたの、アニ。これ、アニのパンよ?」
    「要らない。どうせあんたのことだから、こんなことだろうと思ったよ」

     アニはそう言うと、自分が貰ってきたパンをに見せた。自分のことを後回しにし過ぎる彼女のことだから、きっとこうなることは目に見えていたのだ。

    「自分の分は自分で貰ってくるよ」
    「だって、みんな疲れてると思ったから……」
    「それを言うなら、あんただって同じでしょ」

     アニは呆れながら、パンに噛り付く。特別美味しそうでも不味そうでもなく、淡々と胃に納めていくその姿を見ながら、やライナー、ベルトルトは無言でパンを貪った。生きるために、故郷の村へ帰るために。

    「ごめんね、アニ……あと、それと、ありがとう」
    「……ふん」





     あの後アニは、疲労が蓄積されていた私をこれ以上無理しないように気遣ってくれていた。勿論素直じゃない彼女は口にしたりなんかしないけれど。
     ベルトルトもライナーも、故郷へ帰るために、生き残るために必死にあがいた。あがいてもがいて、手を伸ばして、私達は翌年訓練兵に志願した。「は無理に来なくてもいい」なんて三人は言っていたけれど、同郷の彼らが行くといっているのだから、私だって指をくわえて見ているわけにはいかない。仮初の平穏に甘んじているなんて、許されやしないのだ。それは血反吐を吐くほどの三年間だった。それでも私達は生き延びたし、諦めたりもしなかった。いつしか本来の目的を忘れてしまうほどに、私とライナーの思考は麻痺していたのだ。

    「本当に、行くの……アニ?」
    「当然でしょ。私は、その為に訓練兵になったんだ」

     訓練兵としての最後の夜。最後の最後まで、アニの"憲兵団"という目的は変わらなかった。いや、憲兵というところに目的があるのではない。もっと別の何か――口に出すことがためらわれるほどに、今の私にはそれが怖いと感じていた。最近はライナーも"兵士"としての言動が多くベルトルトが困っていたようだったし、私は私で、迷ってしまったのだ。元々他の三人よりも故郷への結びつきの弱い私にとって、「絶対に帰ろう」という強い意思はない。三年間百四期訓練兵として、同期の彼らと共に辛い訓練を乗り越えて。自分が最も嫌っていた"仮初の平穏"とやらに侵されてゆく。本当の私は一体、どこにいるというのだろう。

    「私は、いけない……いけないよ、アニ」
    「あんたは、十番外だろ」
    「そうだけど、そういうことじゃない……私は、憲兵にも調査兵にもなれない」

     だって怖いんだ。彼らと共に居ることで、アニと敵対してしまうのが。だから怖いんだ。傍にいたら、いつか私の正体もばれてしまいそうで。私は彼らが、人類が好きになってしまったから。

    「アニだって、そうでしょう? 彼らが……エレンが、すきでしょう?」

     私の言葉に、アニは一瞬だけ息を止めた。ほんの少し目を見開いて、鋭く双眸を細める。

    「……別に」

     吐き捨てるように言ったその言葉が真実ではないことは明確で、私はアニを真っ直ぐに見つめた。引き結んだ唇は何かを言いたげに細かな開閉を繰り返す。言わなくてもわかってるよ、アニ。貴女は平静を装うのが上手だけれど、嘘が得意ではないのだから。

    「離れたくないよ……私アニとは、ずっと友達でいたいのに」
    「……私は逆に清々しているよ。もうあんたのお守りをしなくていいんだからね」

     ふん、と鼻を鳴らしながらアニが背を向ける。アニはこっちを見ないまま歩いて行ったけれど、見なくてもわかる。無言が多い彼女の言葉の真実は、それは。

    「うそつき」

     どうかあなたが、傷つきませんように。

    End.





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